【〜迷信・怪〜調査同好会】偽シナ保管庫:【廃病院の怪〜車輪は静寂に鳴く〜】リプレイ
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―潜入―
【あの廃病院の霊安室に行くと、車椅子の看護婦の霊が現れて捕まると殺されてしまう】
そんな噂が周辺地域でまことしやかに囁かれていた。
本日、午前0時。
その根源を調査するべく、七つの影が廃病院の裏口から気配を忍ばせ進入する。
「廃病院…いかにも怪奇の匂いがするっすよ♪」
調査という目的を忘れていないだろうか、隊列の中央に立つ龍田・飛(中学生魔弾術士・b16875)が握り締めたバットからは殺気が滲み出ている。
何時に襲い来るか分からない『敵』に備え、既に集合地点でイグニッションは完了していた。
「今回は調査ですしね……仕留めるのは後の楽しみとして取っておきましょうか」
ランプで辺りを照らし、周辺の状況を確認するアーバイン・シュッツバルト(暁の兵士・b00437)が小声で彼女を宥めた。
分かってるっす、とは言うものの飛の笑顔は幾分楽しそうだ。
「…参ろうか。」
最前を進む拝に続き、六つの頼もしき影が先の見えない闇の中を歩き始めた。
―行軍―
暗がりに身を溶かし、月光さえ拒んだ廃病院の内装を成瀬・双葉(小学生白燐蟲使い・b20530)の白燐光が照らし出す。
辺りには崩れかけたコンクリート壁とその残骸で積みあがった瓦礫の山が見受けられる。
その他にも割れた注射器などの医療器具が所々に散乱し、気味の悪い空気を醸し出していた。
「深夜の廃病院なんてぇ不気味でござンすねぇ♪」
明るい口調で言うキャロル・モモカワ(チャキチャキ花魁真占い師・b13877)、反面、すっかり空気に呑まれてしまった存在が一名。
病院に相応しい格好でということなのか、集合場所に何故かナース服で現れた如月・那由(唯一つだけを愛す闇の詩人・b00564)は前列に出たものの、心なしか落ち着きがない。
そして拝の呼吸が若干荒いのは、気のせいに他ならない。
『どん!!』
「ヒィィ!?」
何者かに突き飛ばされ、如月は文字通り身の毛を弥立たせた。
「どうしたんですか先輩?いきなり転んで…石でもありましたか…?」
彼の背中を押した張本人、椎紫・羽音(中学生魔弾術士・b16682)は不適な笑みを浮かべていた。
「…ぇ、ちょ、押さないでヨ!?」
如月の声は震えながら、その視界は今にも零れ落ちそうな水溜りで滲んでいる。
後方の監視をするモーラットのヴォラスは、主人の悪戯な行いから目を逸らしている様にも見えた。
キャロルの照らす懐中電灯の先に、綻びた昇降口が姿を現した。
途中で見かけた通常の階段より幅は狭く、下に伸びているのも此処だけだ。
この先の地階にあるだろう霊安室には、いったい何が眠っているのか。
本件の元凶となった過去の記録か、それとも………飛の鋭敏感覚は、微かながら後者の気配を感じ取っていた。
「それでは、私たちはここで。」
成瀬と拝が隊列から外れる。
「我々は霊安室以外にも調査するべき場所があるからな。」
手術室や医務室をはじめ、医療記録が残っているとするならばナースセンターなども漁ってみるのが妥当だろう。
「どうか、お気をつけて…」
成瀬がそう言い残し、白燐光の灯火は次第に遠ざかりブラックアウトした。
―霊安室に眠るもの―
地階に潜ると窓から差し込んでいた薄明かりもなくなり、各自が持参した照明だけがその惨状を知覚する術となった。
地上と同様にひび割れた壁と瓦礫は続き、鉄臭い褐色の染みがタイルの上に棲んでいる。
灯りが作る狭い視界の中、能力者たちの進む右手に禍々しい気配を放つ両開きの扉が飛び込んできた。
【霊安室】
噂に聞いていた位置とも一致する、此処が心霊写真の産地というわけか。
前列の如月が恐る恐るノブに手をかけるが、扉は開かない。
「鍵ですか。」
アーバインがポケットから工具の入ったケース『家屋捜索キット』を取り出し、問題の扉の前に屈み込む。
懐中電灯でドアノブの下方にある鍵穴を確認すると工具をそこに挿し込み、ものの一分でそれを開錠してしまった。
「おぉ…。」と周囲は感銘の声を漏らしながらも、いったい何処でそんなスキルを身に着けたのかという一抹の疑心に駆られた。
慎重に扉を開くと、倉庫代わりにでも使われたのか多数のダンボールが壁際を埋め尽くし、部屋の右奥には数個の寝台が折りたたんで積み上げられていた。
「もみ消したい情報とか、色々あったのかな。ゴーストが出るくらいだから明るい過去は
無いと思うけど。」
椎紫の一言を合図に、各自はダンボールの中身を物色し始めた。
出てくるものは廃棄に困った備品が大半で、一部のダンボールからは業者の残したものと思われる管理記録のコピーなどもあった。
「ナース服とか持って帰ったら喜ぶだろうカ…!!」
不穏なことを口走る如月だが、少なくとも拝は大喜びだろう。
…と、積み上げられた寝台の物陰にキャロルが何かを見つける。
「っ…!」
一体の小さな腐乱死体が転がっていた。
身長から判断して、年は十前後だろうか。
腐乱しているとはいえ彼女の肉付きなどは見て取ることが出来るが、腕や腹回りに比較すると随分足が細い。
この子は歩けなかったのだろうか…?
「…!?何か来るっす…!」
飛の鋭敏感覚が何者かの接近を捕捉する。
真実の糧―持ち歩けそうな書類をアーバインの学生鞄に詰め込むと、能力者たちは足早に霊安室を後にした。
―車輪は静寂に鳴く―
『キシ…キシ…』
地階の一本道に車輪の軋む音が響く。
音源は右手の角からだ。
―敵の位置は分かった。
五人の能力者たちは来た道を駆け戻る、出会う前にこの地階を出なければと。
だが、彼らの足は昇降口の前で静止する。
階段の上からは、白衣に身を包んだゾンビたちが独特の足取りで身体を揺らしながら、ゆっくりと降りて来ていた。
死人は看護婦のリリスに後続するモノだけではなかったのか…!
『…キシ…』
音響は近付く、キャロルの振り返った先には車椅子を押す一人の看護婦の姿があった。
死人たちはにじり寄り、能力者たちは後ずさり、結局霊安室の前まで押し戻された。
一本道、地階に窓はなく、完全に挟まれた。
数にしてリリスに同行するゾンビが十、後方から迫る職員のゾンビが十と二。
多勢に無勢。
その言葉が彼らの脳裏を過ぎるが、何もしなければそれまでと戦闘態勢を取る。
『ゴーストに会わなかったら万々歳なんだけどなぁ…。』
椎紫が集合地点でこぼした理想は、今や叶わぬ願いとなった。
無傷では帰れないだろう、彼らが覚悟を決めた…その時だった。
「…捌く」
リリスに同行する後方のゾンビの一体が首をもがれ、その頭を鷲掴みにした手はそのまま脊椎を引き摺り出す。
「運が良かったな、大凶に当るなんて、選ばれた人間の証だよ」
皮肉に笑う手の主―黒夜志貴(殺人鬼・b00375)のかけた言葉は死人たちへのものか、それとも能力者たちへのものか。
入り口は一つじゃないんだぞ、と、昼間業者から拝借した見取り図をちらつかせた。
遺体を運ぶにはそれなりのスペースと安定した空間が必要、つまりは関係者用のエレベーターが存在した。
どうやら彼はそこをこじ開け、身軽にもワイヤーを伝って降りてきたらしい。
ゾンビの注意が黒夜に向けられる中、白衣を纏うゾンビの背後からも蟲笛の音と大振りの斬撃が強襲する。
「出遅れましたわね。」
影から姿を現したのは、別ルートで調査を進めていた成瀬と拝だった。
「さて、逆に挟み込んだわけだが…」
拝が判断を五人に任せると、下の句を椎紫が返歌する。
「……邪魔だね、消そうか?」
冷徹な笑いがリリスを捕らえた。
「さぁさ、患者さん達ぃお寝んねの時間でござンすよぅ♪」
車輪の音に代わり、キャロルと如月の甘い子守唄―ヒュプノヴォイス―が地階に響き渡る。
職員のゾンビ五体、従属するゾンビ三体が眠りに落ちその場に崩れ落ちる様を見て、リリスが怒りを露わにする。
『キシキシキシキシ…!』
憤怒をばねに、看護婦は車椅子を牽いて挟み込んだ五人の能力者めがけ突進する。
傍からは冗談にも思えそうなこの状況だが、その速度は尋常ではなく決して笑えなかった。
「車椅子って反則ダロ!?」
叫ぶ如月と身構えるアーバインの前列陣と突撃するリリスの間に、丸っこい影が跳んで入る。
『キシキシキシキsバキッ…!』
車輪が轢いたのは、能力者ではなく…従順な勇者、モーラット・ヴォラスその人だった。
「きゃーっ、わたし怖ーいっ!…なんちゃって。」
(ひ、酷い…!)
その場に居た誰もが、そう思ったことだろう。
だが、リリスは今反動で怯んでいる。
場馴れした能力者は、それを見逃すはずがない。
「『調査』が目的だったけど、身に降る火の粉は払うっすよ!」
飛が掌の上に生成した炎の魔弾を上方に放り投げると、落ちてきたそれをノック方式にバットで撃ち放った。
その一撃に引き続き、アーバインのクレセントファング改、椎紫がヴォラスの仇(?)を打つべく炎の魔弾でリリスを捉える。
術式に強い看護婦リリスも、この集中砲火を喰らっては流石に滅入っている。
「…!」
リリスがゾンビたちに向かい、声にならぬ奇声を発した。
指示のようにも聞こえたそれに応じ、従属する療養服のゾンビが二手に分かれる。
そして、その半分がキャロルたちの前に出で、もう半分は黒夜を取り囲んだ。
前列のゾンビたちが壁を形成すると同時に、リリスは素早く翻して走り出す。
その速度は、突進だけでなく退却時にもものを言う。
「あっはぁ♪ゾンビちゃん極楽に連れてってあげるでござンすよぅ♪」
キャロルの光の十字架が詠唱され、壁と成った死人を含める周囲のゾンビを滅掃するころには、リリスは既にその効果範囲を抜け出していた。
「弔琵八仙、無常に伏す…!!」
取り囲んだ、とは言え、位置が不味かった。
四方を取り囲んだのならば兎も角、ゾンビが取り囲んだのは三方、もう一面は建物の壁だった。
飛び上がって壁を蹴り上り、そこから更に天井を地面として飛来するは殺人鬼・黒夜。
光の十字架から逃れたことで気を抜いたのか、速度を弛めたリリスの真上から短刀「七夜」が曲射で迫る。
リリスがそれに気付く…が、それを受けようとしない。
両手は、車椅子の取っ手と結合したように握ったままだ。
…そして、小太刀の一撃が彼女の脳天を捉え、彼女は死人(リリス)としての死を迎えた。
その場に草臥れた車椅子と看護婦の名札を残して、彼女は消滅する。
ヒュプノヴォイスで眠ったものを含め、残りのゾンビを成瀬が光の十字架で掃討する。
何とも形容しがたい言葉とならぬ悲鳴を上げ消滅していく死人たちに、その光は浄化と呼ぶに相応しいものだったろう。
戦いの後、能力者たちはより多くの情報を得るため霊安室に引き返したが、
その扉を開けた時、少女の遺体はその場所から消えて無くなっていた。
―鳴き声は囁く―
〜迷信・怪〜調査同好会部室。
持ち帰った情報を飛と成瀬が整理していた。
「どうやら、遺体の少女はこの子だったようですわね。」
パソコンに向かう拝に一束の書類を手渡す。
そこには少女の足の病名と個人情報が記されていた。
そして、担当の看護婦の名前、リリスの残した名札と一致する。
少女の足の病状は思わしくなく、一生歩けぬ身体となる可能性が高かった。
さらに孤児だったらしく、入院費と手術費用の払い手に目処(めど)が立っていなかったらしい。
「成る程、それでこの手術か。情報化社会というのは便利なものだ…。」
キーを叩き液晶画面にプロットされたのは、少女と同名の患者の手術内容―
―肝臓の摘出と最新医療のテスト、その内容と結果。
ノートパソコンにはケーブルが接続され、その先は古びたデスクトップ型の記憶媒体に結合していた。
「酷いっす…。」
見る限りどうやら術式は失敗に終わり、少女はその被害者となったようだ。
「リリスとなった看護婦さんは、この事実を知っていたのでしょうか…。」
そうであったのだろう、リリスとなってまで車椅子に執着した理由を考えれば。
「真実は目に見えるところではなく、その大方は影にある。…そして、表面上は消せたとしても、影までは消し去れないということだ…。」
拝の吐き出した白い煙は窓から吸いだされ、雲ひとつない天へと上り消えていった。
【あの廃病院の霊安室に行くと、車椅子の看護婦の霊が現れて捕まると殺されてしまう】
そんな噂が周辺地域でまことしやかに囁かれていた。
本日、午前0時。
その根源を調査するべく、七つの影が廃病院の裏口から気配を忍ばせ進入する。
「廃病院…いかにも怪奇の匂いがするっすよ♪」
調査という目的を忘れていないだろうか、隊列の中央に立つ龍田・飛(中学生魔弾術士・b16875)が握り締めたバットからは殺気が滲み出ている。
何時に襲い来るか分からない『敵』に備え、既に集合地点でイグニッションは完了していた。
「今回は調査ですしね……仕留めるのは後の楽しみとして取っておきましょうか」
ランプで辺りを照らし、周辺の状況を確認するアーバイン・シュッツバルト(暁の兵士・b00437)が小声で彼女を宥めた。
分かってるっす、とは言うものの飛の笑顔は幾分楽しそうだ。
「…参ろうか。」
最前を進む拝に続き、六つの頼もしき影が先の見えない闇の中を歩き始めた。
―行軍―
暗がりに身を溶かし、月光さえ拒んだ廃病院の内装を成瀬・双葉(小学生白燐蟲使い・b20530)の白燐光が照らし出す。
辺りには崩れかけたコンクリート壁とその残骸で積みあがった瓦礫の山が見受けられる。
その他にも割れた注射器などの医療器具が所々に散乱し、気味の悪い空気を醸し出していた。
「深夜の廃病院なんてぇ不気味でござンすねぇ♪」
明るい口調で言うキャロル・モモカワ(チャキチャキ花魁真占い師・b13877)、反面、すっかり空気に呑まれてしまった存在が一名。
病院に相応しい格好でということなのか、集合場所に何故かナース服で現れた如月・那由(唯一つだけを愛す闇の詩人・b00564)は前列に出たものの、心なしか落ち着きがない。
そして拝の呼吸が若干荒いのは、気のせいに他ならない。
『どん!!』
「ヒィィ!?」
何者かに突き飛ばされ、如月は文字通り身の毛を弥立たせた。
「どうしたんですか先輩?いきなり転んで…石でもありましたか…?」
彼の背中を押した張本人、椎紫・羽音(中学生魔弾術士・b16682)は不適な笑みを浮かべていた。
「…ぇ、ちょ、押さないでヨ!?」
如月の声は震えながら、その視界は今にも零れ落ちそうな水溜りで滲んでいる。
後方の監視をするモーラットのヴォラスは、主人の悪戯な行いから目を逸らしている様にも見えた。
キャロルの照らす懐中電灯の先に、綻びた昇降口が姿を現した。
途中で見かけた通常の階段より幅は狭く、下に伸びているのも此処だけだ。
この先の地階にあるだろう霊安室には、いったい何が眠っているのか。
本件の元凶となった過去の記録か、それとも………飛の鋭敏感覚は、微かながら後者の気配を感じ取っていた。
「それでは、私たちはここで。」
成瀬と拝が隊列から外れる。
「我々は霊安室以外にも調査するべき場所があるからな。」
手術室や医務室をはじめ、医療記録が残っているとするならばナースセンターなども漁ってみるのが妥当だろう。
「どうか、お気をつけて…」
成瀬がそう言い残し、白燐光の灯火は次第に遠ざかりブラックアウトした。
―霊安室に眠るもの―
地階に潜ると窓から差し込んでいた薄明かりもなくなり、各自が持参した照明だけがその惨状を知覚する術となった。
地上と同様にひび割れた壁と瓦礫は続き、鉄臭い褐色の染みがタイルの上に棲んでいる。
灯りが作る狭い視界の中、能力者たちの進む右手に禍々しい気配を放つ両開きの扉が飛び込んできた。
【霊安室】
噂に聞いていた位置とも一致する、此処が心霊写真の産地というわけか。
前列の如月が恐る恐るノブに手をかけるが、扉は開かない。
「鍵ですか。」
アーバインがポケットから工具の入ったケース『家屋捜索キット』を取り出し、問題の扉の前に屈み込む。
懐中電灯でドアノブの下方にある鍵穴を確認すると工具をそこに挿し込み、ものの一分でそれを開錠してしまった。
「おぉ…。」と周囲は感銘の声を漏らしながらも、いったい何処でそんなスキルを身に着けたのかという一抹の疑心に駆られた。
慎重に扉を開くと、倉庫代わりにでも使われたのか多数のダンボールが壁際を埋め尽くし、部屋の右奥には数個の寝台が折りたたんで積み上げられていた。
「もみ消したい情報とか、色々あったのかな。ゴーストが出るくらいだから明るい過去は
無いと思うけど。」
椎紫の一言を合図に、各自はダンボールの中身を物色し始めた。
出てくるものは廃棄に困った備品が大半で、一部のダンボールからは業者の残したものと思われる管理記録のコピーなどもあった。
「ナース服とか持って帰ったら喜ぶだろうカ…!!」
不穏なことを口走る如月だが、少なくとも拝は大喜びだろう。
…と、積み上げられた寝台の物陰にキャロルが何かを見つける。
「っ…!」
一体の小さな腐乱死体が転がっていた。
身長から判断して、年は十前後だろうか。
腐乱しているとはいえ彼女の肉付きなどは見て取ることが出来るが、腕や腹回りに比較すると随分足が細い。
この子は歩けなかったのだろうか…?
「…!?何か来るっす…!」
飛の鋭敏感覚が何者かの接近を捕捉する。
真実の糧―持ち歩けそうな書類をアーバインの学生鞄に詰め込むと、能力者たちは足早に霊安室を後にした。
―車輪は静寂に鳴く―
『キシ…キシ…』
地階の一本道に車輪の軋む音が響く。
音源は右手の角からだ。
―敵の位置は分かった。
五人の能力者たちは来た道を駆け戻る、出会う前にこの地階を出なければと。
だが、彼らの足は昇降口の前で静止する。
階段の上からは、白衣に身を包んだゾンビたちが独特の足取りで身体を揺らしながら、ゆっくりと降りて来ていた。
死人は看護婦のリリスに後続するモノだけではなかったのか…!
『…キシ…』
音響は近付く、キャロルの振り返った先には車椅子を押す一人の看護婦の姿があった。
死人たちはにじり寄り、能力者たちは後ずさり、結局霊安室の前まで押し戻された。
一本道、地階に窓はなく、完全に挟まれた。
数にしてリリスに同行するゾンビが十、後方から迫る職員のゾンビが十と二。
多勢に無勢。
その言葉が彼らの脳裏を過ぎるが、何もしなければそれまでと戦闘態勢を取る。
『ゴーストに会わなかったら万々歳なんだけどなぁ…。』
椎紫が集合地点でこぼした理想は、今や叶わぬ願いとなった。
無傷では帰れないだろう、彼らが覚悟を決めた…その時だった。
「…捌く」
リリスに同行する後方のゾンビの一体が首をもがれ、その頭を鷲掴みにした手はそのまま脊椎を引き摺り出す。
「運が良かったな、大凶に当るなんて、選ばれた人間の証だよ」
皮肉に笑う手の主―黒夜志貴(殺人鬼・b00375)のかけた言葉は死人たちへのものか、それとも能力者たちへのものか。
入り口は一つじゃないんだぞ、と、昼間業者から拝借した見取り図をちらつかせた。
遺体を運ぶにはそれなりのスペースと安定した空間が必要、つまりは関係者用のエレベーターが存在した。
どうやら彼はそこをこじ開け、身軽にもワイヤーを伝って降りてきたらしい。
ゾンビの注意が黒夜に向けられる中、白衣を纏うゾンビの背後からも蟲笛の音と大振りの斬撃が強襲する。
「出遅れましたわね。」
影から姿を現したのは、別ルートで調査を進めていた成瀬と拝だった。
「さて、逆に挟み込んだわけだが…」
拝が判断を五人に任せると、下の句を椎紫が返歌する。
「……邪魔だね、消そうか?」
冷徹な笑いがリリスを捕らえた。
「さぁさ、患者さん達ぃお寝んねの時間でござンすよぅ♪」
車輪の音に代わり、キャロルと如月の甘い子守唄―ヒュプノヴォイス―が地階に響き渡る。
職員のゾンビ五体、従属するゾンビ三体が眠りに落ちその場に崩れ落ちる様を見て、リリスが怒りを露わにする。
『キシキシキシキシ…!』
憤怒をばねに、看護婦は車椅子を牽いて挟み込んだ五人の能力者めがけ突進する。
傍からは冗談にも思えそうなこの状況だが、その速度は尋常ではなく決して笑えなかった。
「車椅子って反則ダロ!?」
叫ぶ如月と身構えるアーバインの前列陣と突撃するリリスの間に、丸っこい影が跳んで入る。
『キシキシキシキsバキッ…!』
車輪が轢いたのは、能力者ではなく…従順な勇者、モーラット・ヴォラスその人だった。
「きゃーっ、わたし怖ーいっ!…なんちゃって。」
(ひ、酷い…!)
その場に居た誰もが、そう思ったことだろう。
だが、リリスは今反動で怯んでいる。
場馴れした能力者は、それを見逃すはずがない。
「『調査』が目的だったけど、身に降る火の粉は払うっすよ!」
飛が掌の上に生成した炎の魔弾を上方に放り投げると、落ちてきたそれをノック方式にバットで撃ち放った。
その一撃に引き続き、アーバインのクレセントファング改、椎紫がヴォラスの仇(?)を打つべく炎の魔弾でリリスを捉える。
術式に強い看護婦リリスも、この集中砲火を喰らっては流石に滅入っている。
「…!」
リリスがゾンビたちに向かい、声にならぬ奇声を発した。
指示のようにも聞こえたそれに応じ、従属する療養服のゾンビが二手に分かれる。
そして、その半分がキャロルたちの前に出で、もう半分は黒夜を取り囲んだ。
前列のゾンビたちが壁を形成すると同時に、リリスは素早く翻して走り出す。
その速度は、突進だけでなく退却時にもものを言う。
「あっはぁ♪ゾンビちゃん極楽に連れてってあげるでござンすよぅ♪」
キャロルの光の十字架が詠唱され、壁と成った死人を含める周囲のゾンビを滅掃するころには、リリスは既にその効果範囲を抜け出していた。
「弔琵八仙、無常に伏す…!!」
取り囲んだ、とは言え、位置が不味かった。
四方を取り囲んだのならば兎も角、ゾンビが取り囲んだのは三方、もう一面は建物の壁だった。
飛び上がって壁を蹴り上り、そこから更に天井を地面として飛来するは殺人鬼・黒夜。
光の十字架から逃れたことで気を抜いたのか、速度を弛めたリリスの真上から短刀「七夜」が曲射で迫る。
リリスがそれに気付く…が、それを受けようとしない。
両手は、車椅子の取っ手と結合したように握ったままだ。
…そして、小太刀の一撃が彼女の脳天を捉え、彼女は死人(リリス)としての死を迎えた。
その場に草臥れた車椅子と看護婦の名札を残して、彼女は消滅する。
ヒュプノヴォイスで眠ったものを含め、残りのゾンビを成瀬が光の十字架で掃討する。
何とも形容しがたい言葉とならぬ悲鳴を上げ消滅していく死人たちに、その光は浄化と呼ぶに相応しいものだったろう。
戦いの後、能力者たちはより多くの情報を得るため霊安室に引き返したが、
その扉を開けた時、少女の遺体はその場所から消えて無くなっていた。
―鳴き声は囁く―
〜迷信・怪〜調査同好会部室。
持ち帰った情報を飛と成瀬が整理していた。
「どうやら、遺体の少女はこの子だったようですわね。」
パソコンに向かう拝に一束の書類を手渡す。
そこには少女の足の病名と個人情報が記されていた。
そして、担当の看護婦の名前、リリスの残した名札と一致する。
少女の足の病状は思わしくなく、一生歩けぬ身体となる可能性が高かった。
さらに孤児だったらしく、入院費と手術費用の払い手に目処(めど)が立っていなかったらしい。
「成る程、それでこの手術か。情報化社会というのは便利なものだ…。」
キーを叩き液晶画面にプロットされたのは、少女と同名の患者の手術内容―
―肝臓の摘出と最新医療のテスト、その内容と結果。
ノートパソコンにはケーブルが接続され、その先は古びたデスクトップ型の記憶媒体に結合していた。
「酷いっす…。」
見る限りどうやら術式は失敗に終わり、少女はその被害者となったようだ。
「リリスとなった看護婦さんは、この事実を知っていたのでしょうか…。」
そうであったのだろう、リリスとなってまで車椅子に執着した理由を考えれば。
「真実は目に見えるところではなく、その大方は影にある。…そして、表面上は消せたとしても、影までは消し去れないということだ…。」
拝の吐き出した白い煙は窓から吸いだされ、雲ひとつない天へと上り消えていった。