【〜迷信・怪〜調査同好会】偽シナ保管庫:【廃病院の怪〜車輪は静寂に鳴く〜】オープニング
投稿日:
更新日:
静寂の中、二つの足音が進む。
廊下に敷かれたタイルのワックスは剥がれ、露になった地も草臥れて黒ずみが浮かんでいる。
「ねぇ、もうやめようよ…。」
少女の口にした言の葉は震え、異様な寒気が覆う空間に響く。
「怖いのかぁ?はっ、ゆーれいなんぞいるわけねぇんだよ。」
少年は彼女に度胸のあるところを見せようと、巷で噂になっていたこの場所に半ば強引に少女を連れ出した。
「ま、そんなもんが出てきても、俺のパンチで一発だがな。」
そう言って少年は拳を空に突き出す。
少女は口を噤み、もう何も言おうとしない。
二人は例の霊安室の前に立っていた。
「あー、ここだな。」
心霊写真が撮られたという、その廃病院の霊安室。
悪寒と呼ぶに相応しい寒気は一層強くなり、腕を抱え込むように身を震わせる少女も寒さを凌げなくなった。
「やめよう、ね?…お願いだから…。」
「ばぁか、ここまで来て何言ってんだよ。写真二、三枚撮るだけじゃねぇか。」
少年は折れない。
「さっきも言ったろ?もし何か出てきても、俺が守ってやるよ。」
少女に微笑みかけるが、彼女の不安は拭い去れない。
「さあ、入るぞ…。」
少年がドアノブに手を掛けた、その時だった。
『………キシ………』
少女が思わず全身の筋肉を緊張させる。
「ねぇ、今、何か聞こえなかった…?」
「あ〜、気のせいだろ?」
『……キシ…キシ……』
「ほら!何かいるのよ…やっぱり、帰ったほうが…。」
「ば、ばか、鼠かなんかだろ…?」
『……キシ…キシ…キシ……』
音は次第に大きくなり、『何か』は確実に二人に近づいてくる。
ゆっくりと、確実に。
少年にかすかに芽生え、次第に大きくなる恐れを楽しむかのように…。
少年はゆっくりとドアノブから手を放す。
「…帰ろう…?」
「あ、ああ、ちょっと腹の具合も悪いしな…。」
一転して、蟲の音のようにか細く弱々しいものとなった少年の声は同意する。
「で、でも、言っとくが、俺は怖いわけじゃな…」
『キシ、キシ…』
音は、すぐ近くまで迫っていた。
二人の視点は一箇所に集まる。
『キシ、キシ…』
霊安室の先、突き当りの曲がり角。
それは現れ、徐々にその全様を露わにする。
『キシ』
鳴り止んだ場所、そこに車椅子を押す一人の看護婦が立っていた。
遠目にでも良く見えた。
肌の色は悪く、白衣は饐(す)えた血液のようなどす黒い染みで汚されている。
二人の視線と看護婦のそれが重なると、看護婦はにやりとほくそ笑んだ。
そして、その後ろには無数の療養服の死人たちが二人を手招いている。
「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
女々しい悲鳴をあげたのは少年のほうだった。
先に身を翻(ひるがえ)し、一目散に逃げ出したのも同様に。
少女も彼の後に続く。
『キシキシキシキシ…!!』
車輪の軋みは二人を追い駆ける。
彼らが走るよりも速く。
それでも走る、追いつかれればどうなるか、その時の二人には理解できていたから。
しかし、彼女という存在の結末は不幸にも囁く。
少女は足を縺(もつ)れさせ、その場に転倒してしまう。
少女は「助けて」と、少年の服の袖を掴んだ。
…少年は振り向きもせず、少女のすがる手を振り払って逃げ出した。
少年の遠のく背中、それが少女の見た最後の光景だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今日集まってもらったのは他でもない。」
夕焼けの差し込む部室、軽く予報士気取りの拝が腕組みをして言う。
「皆も聞いたことがあるかもしれないが、巷で流行の廃病院の件だ。何でも、B1の霊安室前に行くとナース服の死人が出没するそうだ。」
議題の対象は、看護婦のリリス一名、そしてそれに付き添うように多数の患者のゾンビ。
「そこでこの同好会に寄せられた依頼が、その調査だ。学園の公式任務ではないため参加は任意だが、良ければ共に来て欲しい。」
拝は依頼の内容をプリントした用紙を差し出す。
「任務は調査だ…。…調査だよ?決して『ぶっ殺したくなるほど楽しくなっても、撃退しちゃだめだからね?』」
釘を刺すが、あまりに説得力は無い。
「…ナースは生きている者に限る…」
去り際に、拝がそう呟いたように聞こえた。
廊下に敷かれたタイルのワックスは剥がれ、露になった地も草臥れて黒ずみが浮かんでいる。
「ねぇ、もうやめようよ…。」
少女の口にした言の葉は震え、異様な寒気が覆う空間に響く。
「怖いのかぁ?はっ、ゆーれいなんぞいるわけねぇんだよ。」
少年は彼女に度胸のあるところを見せようと、巷で噂になっていたこの場所に半ば強引に少女を連れ出した。
「ま、そんなもんが出てきても、俺のパンチで一発だがな。」
そう言って少年は拳を空に突き出す。
少女は口を噤み、もう何も言おうとしない。
二人は例の霊安室の前に立っていた。
「あー、ここだな。」
心霊写真が撮られたという、その廃病院の霊安室。
悪寒と呼ぶに相応しい寒気は一層強くなり、腕を抱え込むように身を震わせる少女も寒さを凌げなくなった。
「やめよう、ね?…お願いだから…。」
「ばぁか、ここまで来て何言ってんだよ。写真二、三枚撮るだけじゃねぇか。」
少年は折れない。
「さっきも言ったろ?もし何か出てきても、俺が守ってやるよ。」
少女に微笑みかけるが、彼女の不安は拭い去れない。
「さあ、入るぞ…。」
少年がドアノブに手を掛けた、その時だった。
『………キシ………』
少女が思わず全身の筋肉を緊張させる。
「ねぇ、今、何か聞こえなかった…?」
「あ〜、気のせいだろ?」
『……キシ…キシ……』
「ほら!何かいるのよ…やっぱり、帰ったほうが…。」
「ば、ばか、鼠かなんかだろ…?」
『……キシ…キシ…キシ……』
音は次第に大きくなり、『何か』は確実に二人に近づいてくる。
ゆっくりと、確実に。
少年にかすかに芽生え、次第に大きくなる恐れを楽しむかのように…。
少年はゆっくりとドアノブから手を放す。
「…帰ろう…?」
「あ、ああ、ちょっと腹の具合も悪いしな…。」
一転して、蟲の音のようにか細く弱々しいものとなった少年の声は同意する。
「で、でも、言っとくが、俺は怖いわけじゃな…」
『キシ、キシ…』
音は、すぐ近くまで迫っていた。
二人の視点は一箇所に集まる。
『キシ、キシ…』
霊安室の先、突き当りの曲がり角。
それは現れ、徐々にその全様を露わにする。
『キシ』
鳴り止んだ場所、そこに車椅子を押す一人の看護婦が立っていた。
遠目にでも良く見えた。
肌の色は悪く、白衣は饐(す)えた血液のようなどす黒い染みで汚されている。
二人の視線と看護婦のそれが重なると、看護婦はにやりとほくそ笑んだ。
そして、その後ろには無数の療養服の死人たちが二人を手招いている。
「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
女々しい悲鳴をあげたのは少年のほうだった。
先に身を翻(ひるがえ)し、一目散に逃げ出したのも同様に。
少女も彼の後に続く。
『キシキシキシキシ…!!』
車輪の軋みは二人を追い駆ける。
彼らが走るよりも速く。
それでも走る、追いつかれればどうなるか、その時の二人には理解できていたから。
しかし、彼女という存在の結末は不幸にも囁く。
少女は足を縺(もつ)れさせ、その場に転倒してしまう。
少女は「助けて」と、少年の服の袖を掴んだ。
…少年は振り向きもせず、少女のすがる手を振り払って逃げ出した。
少年の遠のく背中、それが少女の見た最後の光景だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今日集まってもらったのは他でもない。」
夕焼けの差し込む部室、軽く予報士気取りの拝が腕組みをして言う。
「皆も聞いたことがあるかもしれないが、巷で流行の廃病院の件だ。何でも、B1の霊安室前に行くとナース服の死人が出没するそうだ。」
議題の対象は、看護婦のリリス一名、そしてそれに付き添うように多数の患者のゾンビ。
「そこでこの同好会に寄せられた依頼が、その調査だ。学園の公式任務ではないため参加は任意だが、良ければ共に来て欲しい。」
拝は依頼の内容をプリントした用紙を差し出す。
「任務は調査だ…。…調査だよ?決して『ぶっ殺したくなるほど楽しくなっても、撃退しちゃだめだからね?』」
釘を刺すが、あまりに説得力は無い。
「…ナースは生きている者に限る…」
去り際に、拝がそう呟いたように聞こえた。